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書きたいときしか書かない

文字に触れて落ち着きたくって始めました。2014.04.23

エンブレムの話とスポーツ


何を言われても好きだった。

2つが並んだエンブレムに何も感じずにはいられなかった。




私は射撃の練習をするのに片道1時間30分の道のりを車で行く。
寒い地域なので体をあっためるのも時間がかかるし、雪がひどければたどり着けないときもある。
でもスポーツにおいてそんなハンデは誰にだってあることで、いちいち口に出すことは格好悪いとされ、寧ろ楽しめとさえ言われる。
スポーツはハンデをハンデとしない世界なのだ。
たしかに、どんな場所でも制約を楽しめる人は強い。

だから、パラリンピックのエンブレムが「=」平等を意味していて、オリンピックのエンブレムと2つ並べたときに息がぴったりあっている、あの佇まいを見たときに過去にない最高のエンブレムだと思った。

自分が射撃を心底好きになったキッカケはカタール遠征に行ったとき。
まさに、=を体感した時間を過ごした。
ターバンを巻いて出場するプレーヤー、顔を隠したまま出場するプレーヤーなど、宗教的に露出を控えなければならない人達とスポーツで同じ時間を共有できたことに感動したからである。
この一体感「=」は射撃ならではだ。

だからだろうか、
どんな疑惑がでてもこのエンブレムはオリジナルだと信じてた。

エンブレム作ってみた、と
アップし始めた人のデザインをみて、単に日本っぽいだけじゃんか、色んなものに引っ張られてるじゃん、と一点一点に唾を吐きたくなった。実際に吐いたかもしれない。

パクったパクってないとか
審査がどうのとか
法律的にどうのとか
責任はどこにあるのかとか
そーゆー話にはもう飽きちゃったよ。
作品がかわいそう。

佐野氏のエンブレムがオリジナルだったのか、そうでなかったのか、本当のことは分からない。でも響く人には響いている。少なくても私にとって、あのエンブレムを見た意味は大きかったよ。