書きたいときしか書かない

文字に触れて落ち着きたくって始めました。2014.04.23

花嫁、唄う

 

その花嫁の手紙の一行目は

「マホなら大丈夫だ!」という叫ぶような父親のセリフで始まった。

シャイだけど人と同じことをしたがらない彼女は、

きっとこのベッタベタなシチュエーションを相当恥ずかしがっている。

 

自分が救急車で運ばれた時、後ろから父親が信号無視をしてでも

車でぴったりとくっついてきたので「お父さん、止まってください!」

と前を行く救急車にスピーカーから窘められていたのを

薄れゆく意識の中で聞いた、と二行目以降を震えた声で読みきる。

 

あのとき飛ばしてくれて、ありがとね。

・・・少しはタバコ減らしてね。

ここで会場に少し笑いが起きた。

語尾を「ね」で終わらせ、やや舌ったらずに喋る花嫁の普段の癖がよく出ている。

 

花嫁は間をとって次に母親を見ながら続ける。

 

「ママへ・・・こんな定番な手紙読んでごめんね!」

 

人と違うことをする花嫁の性格は、母親の影響を受けているのかも知れない。

ウィンターブルーの光沢ある大人なイブニングドレス

パールのネックレス。高くはないが黒いピンヒールを履いている花嫁の母は

確かに「普通」とは違っていて、26歳の娘がいるとは思えないほど美しかった。

 

その母が体調不良で入院したこと、

癌の心配があったことなど、

やや暗いエピソードが披露された。

手紙の内容は、他所の人間がやや立ち入りづらい事柄が多く、

この家庭について、いろいろ想像を巡らせながら聞き入りっていると

 

「手術も成功してよかった!!癌じゃなくてよかった!!」

 

病院で話すような強烈な文言が都内ホテルの披露宴で絶叫される。

 

 

 

手紙というのは形式的になりがちだ。

大体が「お父さん、お母さんへ」で始まり

「ありがとう幸せになります。」で終わる。

場の空気が涙を誘ってはくれるものの

当然、型にはまった読み口調になる。

 

この花嫁は手紙に書いてある文字を10mほど離れた両親に

まるで歌でも歌っているかのような迫力でぶつけていた。

BGMの中、感極まったMCをしているアーティストさながら。

純白のドレスに身を包み、マイクスタンドを握りしめて自分の歌を歌っていた。

(マイクは新郎が持っていたのでこんなことを言うと申し訳ないが)

 

素敵な大人に囲まれて幸せであったと綺麗にまとめられ、

 「歌は空港を出る時の思い出の曲、500マイルにのせて!ありがとう!」

で手紙はしめられた。

 

忌野清志郎の500マイル。街を出ていく人間の心境を歌った曲だ。

 

新郎新婦が花束を両親へ渡すために近づく。 

花束を父へ。手紙を母へ。

イブニングドレスの母は手紙を片手で受け取った。

空いた方の手は花嫁の手を強く引き、がっちりと腕相撲スタイルで握手を交わした。

 

あれは母と娘の握手ではない。

先輩妻と後輩妻としての、女と女の握手であった。

 

最後に新郎が来賓に向き直り、挨拶をして、

両家は500マイルの歌に見送られ退場した。 

 

手紙を読みきった達成感溢れる花嫁のすがすがしい顔よ。

 

こんなにも「お前はミュージシャンか!」とツッコミたくなる瞬間が

他にあるだろうか。

しかし、そんなミュージシャンに心打たれ、

ひときわ涙を流していたファンが私である。

 

花嫁をかっこいいと思うのは、おそらくこれが最初で最後だろう。